長いこと生きていると人は落ち着くべきところに落ち着くものだということを感じる。
無理してやっても続かない。
結局、居心地いいところに着地する。
例えば商売。
はじめた頃は大きな事務所、沢山の従業員、大きな売上を夢見るが、やっていくうちにそれがかなりのストレスになることも知り、みんな、自分の居心地のいい規模に落ち着いていく。
私も一時期は10人以上の方に手伝ってもらっていたが、人に追われる、今日、何人くるからすぐに仕事してもらえるように準備をしておくなどが疲れてしまい、やめる人がいても補充せず、今は妻とふたりだけでやっている。
起業しても経営者の器以上にはならないと若い頃どこかのセミナーで聞いた。
その時は反感を持ったが、まぁそういうことだろう。
周りを見ても、同様に人を使うのをやめてしまった人をよく見かける。
また仕入先も東京、大阪などの市場に通っていた人も回数が減り、地元の市場に顔を出すだけという状態になることも多い。
扱うものも背伸びして難しい本を扱ってはみたこともあるが、好きなものだけを扱うことが一番効率がよいことに気が付き、落ち着いていく。
人間関係も同じく、会うたびに劣等感を憶えるような人とは自然と疎遠になり、居心地のいい人だけが残っていく。
男女も同じ。
一緒に長い時間いても疲れない人が一番だと思う。
趣味も同じで、私だって、オペラやバレエを見てちょっといいなと思ったりもしたが、BABYMETALやハロプロ見に行ってた方が楽しいので、そこに落ち着いている。
若い頃は自分はこれぐらいの器だと認めたくないから、色々と背伸びしてみるが、それがストレスになる。
自分に素直になるのと、自分の身の丈を知ることで生きやすくなる。

世の中は「努力すれば報われる」とか、「1番を目指すのがあるべき姿」みたいなことを洗脳したがる。
努力すれば報われるは努力して報われた人が言ってる言葉。
そもそも努力することが困難な人もいることを知ってくれと思う。
どれだけ努力したって、ほぼ100%の人間は100メートルを10秒以内で走れないのだ。
長いこと、自分がうまくいかないのは努力が足らなかったからだと責めてきたが、決してそんなことはないと過去の自分に言ってあげたい。
しかし、最近の若い人はかなり違う。
高い車に乗ったり、ブランド品を着たいと思う人もいるにはいるが少数派。
その為に頑張ったりするのがダサいという傾向があるように思える。
特に息子なんかを見てるとそう思える。
お金がないという人に対して冷ややかに支出が多いからでしょと言い放つ。
そういう彼は無駄遣いはしない。
つまんないなと思わなくもないが、これが進化というものかもしれないとも感じる。
さて、落ち着くところに落ち着くをテーマに書き始めたが、結局、この文章の落ち着くところがわからなくなっている。
まだまだ精神修行が足らないようだ。

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