PAPA-METAL[伝説のBABYMETALメイトファイル]

BABYMETALで楽しかったことのひとつは個性的な凄い方に沢山出会えたこと。

出会っただけでなく、ご飯食べたりお酒を飲んだり様々な話をして人柄にふれることができた。

そんな愉快な仲間たちをご紹介するシリーズその2。

PAPA-METAL。

 

2015年6月のスイスのライブ終了後、この後、みんなと打ち上げ行くんですが、来ませんか?とHARU-METALさんに声をかけて頂いた。

その頃はまだ誰が誰かわからずの状態。

今夜はあのPAPA-METALさんもはじめて来てくれるんですよ、そう付け加えられ、私の中にPAPA-METALさんという凄いファンの人がいるってことがインプットされた。

 

打ち上げに行って、PAPA-METALさんを紹介され、この人がPAPA-METALさんかとわかった。

「大切なもの落としましたよ」

前のライブのフランスの頃にはTwitterで現地の情報を集めるということがわかりはじめていた私は検索。

会場にメイトが集まりだしているというツイートを見て、会場に向かった。

そのツイートをしたのがPAPA-METALさんだった。

 

会場の待機列には場馴れしてる日本人が数人いて、少しだけ会話をした。

そのうちのひとり、PAPA-METALさんから「大切なものを落としましたよ」と声をかけられた。

言われて足元を見たら、ポケットからパスポートを落としていた。

それが、多分、はじめての会話らしい会話だ。

 

グリーンぽいキャップにサングラスとまではいかないがレンズに色の入ったメガネをかけ、独特の風貌。

年齢は50台後半だろうか。

とにかくいろんなことを知ってる方で、また情報の収集が早い。

2015年の頃のBABYMETALは、日本国内よりも海外のサイトや、海外のファンが集っているレディットの方が情報が多かった記憶がある。

そこからいち早くBABYMETALの新情報を得て、Twitterで教えてくれるのがPAPA-METALさんだった。

すごい人がいるもんだと思ったものだ。

Twitterでは書きにくい情報などは、その後できた海外オマイツのLINEグループなどで紹介してくれたりもした。

自分もいつか、PAPA-METALさんよりも早くに情報を得て、Twitterで紹介したいなんて思ったりしていたが、私が掴んだ情報はニセ情報だったりして後から消すなんてことによくなった。

PAPA-METALさんの情報は正確でもあったのだ。

 

 

BABYMETALにたどりついたのはPerfumeが好きでMIKIKO先生のつながりでBABYMETALに興味を持ったとのこと。

さくら学院も同様に好きで、サッカーもお好きだった。

 

2015年のこの頃は、BABYMETALの情報を知りたかったらPAPA-METALさんをフォローしろという感じだったと思う。

 

2015年8月Reading Fesの前日はロンドン市内に宿泊。

電車で30分ほどのReading駅に向かう列車でPAPA-METALさんとお会いした。

急なふたりきりでかなり緊張したのを覚えている。

自分のBABYMETALの見方はミーハーである。

そういったことをバカにされているのではないかと卑屈になったりもしていたが、日本人の方と一緒になれて心強いと言ってもらえてよかった。

その頃からは、打ち上げにも必ず参加されていたし、こちらもツッコんだりもできるようになっていた。

 

2016年のアメリカかどこかでふたりだけでタクシーで移動したこともあった。

その時はここぞとばかりに、どうやってあんなに早くBABYMETALの情報を得ることができるのか、訊いた。

仕事でモニターが4つか6つか並んでいて、そのうちのひとつがオタク趣味の情報が常に流れてくるので、だから早いんだとのこと。

お仕事のことや家族のことも訊いた。

 

2016年の東京ドームライブの時はチケットがない海外メイトとチケットを余らせている日本人とのマッチングをかなりの枚数していた。

確か、あの時だけは打ち上げも幹事されたんじゃなかったかな。

海外メイトとのつながりも多く、そこから入ってくる情報も多かったようだ。

 

私なんかのへなちょこメイトと違い、PAPA-METALさんは筋が通らないことに対しては声を上げるタイプ。

運営に対しても間違っていると思う時はツイートで意見をしていた。

特に覚えているのは藤岡幹大さんが亡くなった時のBABYMETAL公式のツイートに対してだ。

こんな時ぐらいは世界観なしでいいのではいったことを書かれていた。

アミューズの株主総会でもチケットの当落について質問されたようだ。

 

我々のファンとしてのふるまいも間違っている時は間違っていると指摘してくれる人で、頼りになる兄貴みたいな存在だった。

 

PAPA-METALさんが長い間、みんなが何度聞いても答えてもらえなかったことがある。

誰推しか?ということだ。

箱推しだ、MIKIKO先生だ、などと毎回ぼやかされる。

我々は陰では、上手に行くことが多くないか?などとよくささやていた。

 

あるライブの後、いつもはクールなPAPA-METALさんもライブの後はテンションがあがっている。

ぶっくさん、もあちゃんが私に手をふってくれた瞬間の写真撮ってくれた?!と言ってこられた。

あのクールなPAPA-METALさんが何を言っているのだと思うと同時にやっぱりもあちゃんだったんだと思った。

その日を境にもあちゃん推しを公言するようになった。

 

PAPA-METALさんはBABYMETALの2013年のシンガポールにも行っており、サイン入ポスターをもらったとのこと。

記憶力の良い方で、昔のことも今のこともほんとによく知っていた。

 

2018年のDARK SIDEも我々と一緒に海外を巡り、あれ?来てたかな、あまり記憶がない。

幕張、さいたまスーパーアリーナ、神戸で開催されたライブに参戦、私が幹事をした打ち上げにも来られていた。

2018年11月、誰かがPAPA-METALさんのツイートが2週間ぐらい止まっているといい出した。

確かに止まっていた。

 

個別にLINEなどを送った人もいたが返信はなし。

結局、それきりになった。

 

あんなにいつも一緒にいて、何度も何度もご飯を食べ、お酒を飲んだというのに、オタクのつながりなんてそんなもんだと思い知らされることにもなった。

先に書いたパイセンとPAPA-METALさんは年も近いこともあり、パイセンに思い切り「違う」「あなたは間違っている」と言える存在だったため、ふたりの掛け合いは一番笑った。

腹が苦しくなることが何度もあった。

考えたら、あれから腹がかかえるほど笑ったなんて経験はしていない。

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