BABYMETALで楽しかったことのひとつは個性的な凄い方に沢山出会えたこと。
出会っただけでなく、ご飯したりお酒を飲んだり様々な話をして人柄にふれることができた。
そんな愉快な仲間たちをご紹介するシリーズその1。
パイセン。
もうご本人とご連絡がとれませんが、書かせてください。
忘れてしまわないうちに書き残しておきたい。
大好きなパイセンのエピソードの数々。
はじめてパイセンをお見かけしたのは2015年のスイスのライブでの待機列。
高身長、痩せ型、50代後半、メガネ、麦わら帽子。
ビールがお好きなようで、近所のお店で買ってきては飲んでた。
豪快で気前がいい方で、買ってくる時は大量に買ってきて、みんなに配ってくれていたのだが、ビールを飲むとトイレに行きたくなるし、海外で知らない人から食べ物もらうなと地球の歩き方に書いてあったし、その時はもらわなかった。
それぞれ打ち解けてないその頃は他の人もビール渡され、戸惑っていたんじゃないかな。
次のイタリアのライブ後、有志でご飯を食べに行くことになった。
8人ぐらいいただろうか、その中のひとりがパイセンだった。
パイセンという渾名はHARUさんがつけた。
風貌や行いからパイセンという名前が妙に似合っていて、すぐにみんなもパイセンと呼ぶようになった。
本人も気に入ってたように思う。
イタリアのライブの後のレストランの店員はもちろんイタリア人。
英語もなかなか通じなかったんじゃなかったんだっけか。
みんなが戸惑っているとパイセンが急にイタリア語を話し出し、店員に通じてる。
パイセン、カッコいいとなった。
ただ、誰かが口にすると、顔を赤くして、黙ってしまった。
ビールがお好きで、飲むと大声で陽気にいろんなことを語る人だった。
それが熱がこもりすぎて、初対面の人は少しうざく感じるかもしれない。
YUIMETAL好きだということもわかった。
いろんなことに憤りを感じてる人だということもわかった。
翌年、2016年の北米東海岸ツアーでも顔をあわせるようになった。
なんだか随分とお金持ちだということがわかってきた。
その頃のBABYMETALのメンバーはまだエコノミーに乗っていたが、パイセンはビジネスシートでBABYMETALを追いかけていた。
お金あるんですね?!と言うと、腰が悪いからエコノミーは無理なんだとのことだったが騙されない。
ホテルはヒルトンがある街ではヒルトンに泊まっていた。
北米東海岸ツアーではギミチョコでYUIMETALとMOAMETALがチョコレートのプレートを持って踊るという演出があった。
結局、東海岸ツアーで数回やっただけじゃなかっただろうか。
YUIMETAL前の最前を確保したパイセンはそのギミチョコの演出をめっちゃ楽しみにしていた。
終演後、どうでした?見えましたか?と聞くと事件があって見ることができなかったと話しだした。
そういえばライブ中、パイセンのいる下手がざわついていたなぁ
ギミチョコがはじまる前に、パイセンの横の最前に割り込もうとしてきた奴がいて、追い払おうとしたら、逆に肘打ちを顔面に食らい、鼻血。
それを見たセキュリティが、パイセン本人は大丈夫だというのに、ほぼ無理やり医務室につれていき、ギミチョコを見逃したというのだ。
そう、これこそがパイセンなのだ。
仲良くなったのは北米東海岸ツアー最後のシカゴのライブ。
いつも入場時にはトラブルが起きるのだが、シカゴはかなり大きなトラブルが我々に起きた。
この時のシカゴのライブは一階のピットエリアのチケットが早々とソールドアウト。
しかし、ここの二階もステージに近くて見やすい。
なにしろBABYMETALは前年にも同じ会場でライブを行っている。
では二階の最前を狙おうという作戦を我々、1階のピットエリアが取れなかったメイトたちと話し合っていた。
それもチケットが売り出された半年前からだ。
優先的に早く入れるVIPチケット(1万円以上)を購入、更にこの時は前日から並んだ。
開場され、二階に走り、画像で見ていた二階の最前に行くと、係員に入るなと怒られた。
2階のそのエリアは既に販売済みの場所らしい。
その後ろから見ろと言われた場所では視界がかなり悪い。

この画像でいうご夫婦らしき人の座ってるところに行けると思い込んでたのが、かなり後方の立っている人たちのところしかダメ。
3階や1階のピットの後ろも確認しに行くが、見やすい場所はなし。
折角の北米東海岸ラストがこれではよく見えない。
それも別料金も払ったのに、これではVIPを買ってない人となんらかわらない。
しかし、シカゴのこの会場の2階にはブースがあり、そこを1000ドルで貸し切れるということをPAPIさんが聞き出していて、みんなで貸し切ろうということになった。
10人集めればひとり100ドルだ。すぐに9人集まった。

この画像の対面のバルコニーに我々が貸し切ったというわけである。
このブースの中にはテーブルもあり、飲食もオーダーを取りに来てくれるんじゃなかったな。
一気にVIP待遇となった。
更に今までない景色にかなりご機嫌。
PAPIさんは海外相手に仕入れや商売をされている方で、海外では本当に頼りになる。
パイセンが会場に来るのにトラブってるということをツイッターで我々は知っていた。
パイセンも今から来てはいい場所では見られないからここにお誘いしようと誰かが言い出した。
シカゴでもヒルトンに泊まるパイセンはシャルトバスが待てど暮らせど来なかったらしい。
更に町中でもないところにあるため、タクシーなども手配出来ず、会場への到着が開演ギリギリになっていた。
それがパイセンなのだ。
ブースに来たパイセンは、ブースからの景色、顔ぶれ、そして誘ってもらったことに大感激。
ブース代金の1000ドルは自分が払うといい出した。
いやいや、もうみんなから集めたし、いらないですよ。
じゃあせめてと、ビールを飲みきれないぐらい、つまみも食べ切れないぐらい注文、ご馳走してくれた。
ずっと、大きな声で興奮して喜びを語っていた。
それまではどのようにつきあっていいかわからなかった面々も、ああ、こういう人なのねとわかってきた様子だ。
パイセンの話はおもしろい。
BABYMETALのメンバーのことを、すぅさん、ゆいちゃん、もあ、と呼んでいた。
なんでもあちゃんじゃなくて、もあなんですか?
は?! もあはもあでしょ。ゆいちゃんは…という調子だ。
ゆいちゃんはとにかくいい子で、あんな子に育ててくれた両親にとにかくお礼を言いたいとか、もしステージに暴漢が現れたら、俺がステージにあがって、暴漢を倒すとも息巻いていた。
セキュリティに止められますよ…
セキュリティも倒す!
すいません、先日、となりの奴の肘打ちで鼻血出されてましたよね。
そんな掛け合いがいつも楽しく、ただでさえ楽しい飲み会が、パイセンがいると腹が痛くなるほど笑ったのだった。
2016年のBABYMETALは忙しかった。
4月にWembleyライブがあり、セカンドアルバム発売。
5月は北米東海岸ツアー。
6月はヨーロッパツアー。あのダウンロードで遅延が起きた時だ。
7月は北米西海岸ツアー。
8月は四大フェスに白ミサ。
9月は東京ドームだ。
6月のヨーロッパツアーもパイセンもいて、楽しいツアー追いかけを我々はしていた。
この頃からパイセンはみんなの為に動画を撮影して、配布してくれていた。
仲間思いの人なのだ。
そして7月の西海岸ツアーの初日シアトルで事件が起きた。
今回のツアーはすべて行くと言っていたパイセンが来ていない。
DMで話を聞くと、九州に住むパイセンはジェットスターで関空に行き、関空からJALでシアトルに入る予定だった。
最初のジェットスターが欠航。
飛行場についてからそれを知らされ、その時の対応が許せなかったらしい。
何度も話を聞いたが、理解できなかった。
欠航が決まった時点でメールなりで連絡してくれたら、空港まで行く必要はなかったということが許せなかったのかな。
ジェットスターもJALもその後の手配は行い、翌日の便で関空に行き、関空からシアトルのビジネスも確保してくれると言っていたらしい。
でも、それを許してしまったら自分の今まで生きていたことを否定することになるらしく、結局、シアトルに現れなかった。
いや、シアトルどころか、一度もこのツアーには来なかった。
予約していたホテルもすべてキャンセル、北米の都市間の移動で予約した飛行機もキャンセル。
結局、キャンセルできないところや使わなかったチケット代金など50万円以上が無駄になったらしい。
何で来なかったんですか?
何度聞いても、あそこで妥協しては今まで生きてきた…を繰り返すだけ。
でも、ゆいちゃんは…というと泣きそうになる。
そして、我々が楽しそうにしていたり、BABYMETALの活躍をツイッターで見てはグギギとなっていたらしい。
後からでもくればいいのに。でもそういう人なのだ。
更に事件。
その頃のBABYMETALの国内のチケットは年配には厳しいと言われていた。
実際、周りを見てもそう感じることが多かった。
パイセンはすべてハズレているとのこと。
そんなパイセンが、当たった、当たった、ようやく当たったと興奮されていたのが、白ミサの大阪だった。
私も行きますよ、現地で会いましょう。
来なかった。
パイセンには毎回、信じられないことが起きる。
この時も信じられないことが起きていた。
BABYMETALの白ミサはコープスペイントがドレスコードのライブだ。
観客全員が顔を白く塗って参加する。

実際は肌が弱い人もいたりするので、天花粉程度でも通してくれる。
パイセンはライブの前々日に家で購入した道具でコープスペイントの練習を実施。
それはいろんなメイトがやることでもある。
ただ、他のメイトと決定的に違ったのは、顔が1.5倍に腫れ上がったことだ。
本人談で誰も見てないから、その言葉を信じるしかない。
白塗りの練習したら1.5倍に顔が腫れ上がり、病院に行ったら、即入院になり、それでライブに行けなかったというのだ。
たくさんのメイト仲間がいるが、白塗りで顔が1.5倍に腫れ上がったどころか、顔が腫れたというのはパイセンからしか聞いたことがない。
そして、それが理由で大好きなゆいちゃんが出演するライブに参加できなかった人も聞いたことがない。
気の毒がすぎる。
2017年1月にガンズ・アンド・ローゼズのライブでBABYMETALは4公演、オープニングアクトをつとめた。
この初日に今回のライブはコンデジの持込がいいということがわかった。
それを知ったパイセンは2公演目の神戸の前にカメラ屋に行き、コンデジを購入。
試してみたもののズームが必要と思った。
次の横アリまでにズーム付のカメラを買ってきていた。
ちょっとそれだけズームが大きいとさすがにセキュリティに止められませんか?
というと結局、それは使わなかったみたいだ。
その次のさいたまスーパーアリーナではソニーのその時の最新機種、10万円以上するコンデジを買ってきていた。
そして使いこなせないだったっけか、なんか使わないと言っていたので私が借りて撮影した。
それがパイセンだ。
このガンズ・アンド・ローゼズのツアーの神戸のあとに、BABYMETALのライブでお世話になっている方たちを、自分が一番美味しいと思う蟹の宿に招待したいと言い出した。
まぁまぁ時間が自由になる私を含めて4人が参加。
ほんとにご馳走して頂いた。
その夜もパイセンの熱い話にたじろぎながらも、大爆笑したのを覚えている。

一番おもしろかったのは、金沢在住のKAZさんという方も参加されていて、金沢住んでる人は蟹に詳しいに違いない、満足いくか不安に感じてそうだ。
KAZさん、美味しかった?と恐る恐る訊くパイセン。
美味しかったですよと言った瞬間、バンザイして、やったぁ、KAZさんが美味しいって言ってくれたぁと後ろにそのまま倒れた。
バンザイしながら嬉しくてその勢いで倒れる人を見るのははじめてのことだった。
このカニの宿をどうやって見つけたかという話にも驚いた。
どこかのカニが美味しいか3夜連続で違うカニの宿に泊まり、食べ比べをしたそうだ。
なかには超高級という宿もあったが、一番美味しかったのがココだったとのこと。
だからお世話になっているみんなを連れてきたかったそうだ。
それってご家族と来たんですか?
そんなのつきあわせられない。ひとりで行った。
カニの宿に三宿連続で泊まったことがある人ははじめて聞いた。
パイセンはとにかく頑張りすぎるところがある。
2017年4月のレッチリのオープニングアクトのツアーは参加できなかった人が多かった。
私も結局、一度も行けなかった。
仲間思いのパイセンは動画、音源、静止画を我々に送ろうとめっちゃ頑張ってくれてたらしい。
右手に静止画用のカメラ、左手に動画撮影用のiPhone、そして更に我々に中継で見せるための別のiPhoneを頭にテープで巻きつけていたそうだ。
その話を聞き、凄いですね、三段構えですか?
というと、違う、胸ポケットに録音機器も入れていたから四段だ、とのこと。
おかげで仲間と思っていただいていた私たちは様々な動画や画像を見ることができた。
2017年12月のLEGEND-SではYUIMETALのライブ欠席があった。
その翌月の藤岡幹大さんの急逝。
私たちがみんな色々ともやもやしていた時期である。
2018年2月ごろだっただろうか、BABYMETALの運営がメイトの中から5人を選出。
選ばれし5人になるには、METALについて書けという課題が出された。
いつものBABYMETALならではのお遊びである。
マジメなパイセンはその課題が出てすぐに、家に電話をして、過去のTシャツの袋などにヒントか答えがないか奥様に探させたそうだ。
海外オマイツのLINEグループでも、なんて答えたらいいのか意見が飛び交った。
これは、答えなんかないですよ、大喜利のあいうえお作文ですから、と確か私が発言した。
答えがないってどういうことだ!!!パイセンが怒っていた。
METALを頭文字にして、文章を作るんですよ。
激怒した。
なんだBABYMETALの運営は、俺はファンをやめる。
そう宣言されて、本当にファンをやめてしまった。
それからもちょくちょくやりとりは続いた。
でも、私の説得なんか届かず、決意はかたい。
すぅさん、ゆいちゃん、もあは大好きだけど、運営は許せない。
最後は、売って海外行く資金の足しにしてくれと大きなダンボール箱7箱の買い集めたBABYMETALグッズが届いた。
BABYMETALのTHE ONE限定のBlu-rayや、マイクロ・ラゲッジや、その他諸々。
高額商品もかなりある。
売れば20万円にはなることだろう。
結局、特に仲がよかったオマイツに高額商品は形見分けという感じで譲り、残りは巨大キツネ祭りの打上で来てた人70人ぐらいに漏れなく配布した。
なにかお礼でも送らなきゃと思って、パイセンからのメールを読み返したら、ブックさんのことだからお礼を送ろうとするかもしれないけど、宅急便に書いてある送り主の住所はデタラメです、と書いてあった。
我々のことは好きだけどそうなると未練がということでそれから誰かが会ったという話は聞いていない。
ところでパイセンは何してる人だったんだろう。
結局、わからずじまいだった。
私が聞いた限りでは以下のことはわかった。
・若い時は貧しかった
・大学時代は法律の穴の抜け目で稼ぐことを研究していた
・勤め人だが、長年つとめているから成績さえあげればいくらでも休める
・経営者ではない
・イタリア語よりもスペイン語が得意
また会いたいなパイセン。
こんなおもしろい人と出会わせてくれたBABYMETALには感謝しかない。
これ見て、そこ違ってるよと怒ってきてくれたらいいのに。
パイセンに出会えただけでもBABYMETAL好きになってよかったと思えるような愛しく可愛い人なのだ。

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